ライブの中に、「写真で一言」というコーナーがあった。
いろんな雑誌や本の切り抜き写真をスライドで見せ、
オレが一言足していくといういかにもオレらしいシュールなものである。
その中に難民の子供の写真があり、オレはそれに向かって「ワシは○○か?」と言った。
(ライブのネタばらしになるので伏せる)
客席の半分、いやそれ以上が笑わなかった。オレは不思議であった。
ライブでは客の一人ひとりにアンケートを書いてもらっている。
それによると”面白かったけど、正義じゃ邪魔して笑えなかった” というのが、
あの反応の答えのようであった。
笑わなかった君たちが正義だとしたら、笑わそうとしたオレは悪ということになる。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
オレが言いたいのは、なぜあそこで笑うことが悪なのか?ということだ。
多くの人はだれかを何かに例えて笑いにしたとき、
それを笑うことは例えられた人に失礼だと考えているようだが、
それがそもそもの大きな間違いである。
オレがその子供を○○に例えて客が笑っても、その子供が面白いのではなく、
オレの発想が面白いのだ。
なぜその発想が面白いと笑えないのだろう?
それはオレに対してたいへん失礼なことである。子供は何もしていない。
オレが一言加えることではじめて笑いを生んだのだ。
オレが”ボケ”なのだ。もしかしたら、言ったオレは悪かもしれない。
でも、その発想で笑う者は悪ではないのだ。
(著書「松本」より抜粋)
いろんな雑誌や本の切り抜き写真をスライドで見せ、
オレが一言足していくといういかにもオレらしいシュールなものである。
その中に難民の子供の写真があり、オレはそれに向かって「ワシは○○か?」と言った。
(ライブのネタばらしになるので伏せる)
客席の半分、いやそれ以上が笑わなかった。オレは不思議であった。
ライブでは客の一人ひとりにアンケートを書いてもらっている。
それによると”面白かったけど、正義じゃ邪魔して笑えなかった” というのが、
あの反応の答えのようであった。
笑わなかった君たちが正義だとしたら、笑わそうとしたオレは悪ということになる。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
オレが言いたいのは、なぜあそこで笑うことが悪なのか?ということだ。
多くの人はだれかを何かに例えて笑いにしたとき、
それを笑うことは例えられた人に失礼だと考えているようだが、
それがそもそもの大きな間違いである。
オレがその子供を○○に例えて客が笑っても、その子供が面白いのではなく、
オレの発想が面白いのだ。
なぜその発想が面白いと笑えないのだろう?
それはオレに対してたいへん失礼なことである。子供は何もしていない。
オレが一言加えることではじめて笑いを生んだのだ。
オレが”ボケ”なのだ。もしかしたら、言ったオレは悪かもしれない。
でも、その発想で笑う者は悪ではないのだ。
(著書「松本」より抜粋)